エンドゲーム:アンコールの鑑賞チケット

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『アベンジャーズ/エンドゲーム:アンコール』を観た

2026.10.07

劇場で観るのは3回目か4回目になるだろうか、サブスクの鑑賞も含めると10回は行ってそうな映画。

それだけ観てても泣ける。すごいことだよこれは。

この作品を評価する時に「映画」というフォーマットとして評価するのは難しいなと思う。よく言われることだけど単体で見れば粗はよう見つかるし、そもそも0ベースで見れない映画はそうでないものと並列に語ることはできない。比較で語るとしたら「シリーズものの最終作」内で比較したいところだが、ここまでの質量で、かつ名実共に最終作をやってる作品もなかなか無い。

アイアンマンの物語

ほぼ全員主人公だしフォーカスされてはいるけど、やっぱりこのシリーズの主人公はアイアンマンだった。

シリーズの偉業だと思うのは、アイアンマンの物語をちゃんと終わらせたこと。これまでのシリーズもの(特にヒーロー映画)は、当たれば続編を作りたいので、「これからも〇〇の戦いは続く」し、外れれば自然と終わっていたから、ヒーローを全うして最期を迎えたところは、他に例のない偉業だと言いたい。(ここまで解消されなかった「家族」のコンプレックスも現在と過去の両面からカバーされていて美しい)

そういう意味では、単作で『ウォッチメン』も好きだし、ドゥームズデイが泥を塗ることにならないか不安であったりするのだ…。

普通に考えたら無しなんだが…

エモいから有りになってるところがまあまあある。

  • 残留組がオリジナルの6人(+α)

それで思い出旅行?都合が良すぎる。でも「アベンジャーズ」の最後として間違いなく正解だった。異論は存在しない。

  • タイムマシンの発明

あまりにもサクッとし過ぎている。夏休みの自由研究かと思った。「s**t!」で済んでいい発明ではないです。

  • 女性ヒーローズチームアップ

別に無くても成り立つし、ポリコレ的なところで叩かれることもあるシーンだけど、共通項で引っ張ってチームアップなんかなんぼあったっていい。強い女に守護られるピーターもまた良い。とはいえケレン味が濃くはある。

普通の映画だったら「イヤイヤ…」って思うところでも今回に限っては大正解って話。

残る謎

老スティーブが持っていた盾はどこから来たのか…?普通の人生を歩んだなら手に入らない代物のはずなので、ドゥームズデイで明かされるのか、期待。

追加映像について(ネタバレ)

ん゛ん゛ん゛…。今時点で言えることあんま無いな。

スティーブのところに関しては正直全く予想してなかったので素直に驚きつつ、エンドゲームとして「蛇足〜〜!!」と思いつつ、改めて考えてみると、そういう可能性もあるかと思いつつ…。

ロキは動けたみたいでよかった、人柱になったわけではなかったんだね。(無理やり引き摺り出された可能性も…?)

TVAのところについては映ったもの以上に語ることはなさそう。個人的には。

ブルースがずっと可哀想でひどい。メタ的な舞台装置の役割をずっと押し付けられている…。報われて卒業してほしい。

私が見たインフィニティビジョンの映像はここまで。(インフィニティビジョンって何やねん、適当に括るな)

マルチバースの解釈について

最後に、ドゥームズデイを控える今、自分なりのMCUマルチバースの解釈を言語化してみたい。

作中で、「過去を変えると、現在には影響せず新しい現実が生まれる」と明言された。『ロキ』や『アントマン クアントマニア』、『ドクターストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』で、分岐した新たな現実が別の世界線(アナザーバース)であるという説明の補強がされていたと思う。

一方で、X-MENやファンタスティックフォーの存在、顔の違うスパイダーマンなど、可能性の分岐だけでは説明のつかないような事態が繰り広げられ、観客を混乱させている。

メタ的な要因はもちろんあれど、個人的には『ロキ』で最後に表現された世界樹が一つ腑に落ちている。

要は、樹は一本ではなくいくつもあるという解釈だ。ロキ以前は単一の線(神聖時間軸)しかあの世界では存在できず、その外を観測することができなかった。ところがロキ以降で、「世界線の分岐」と「他世界の観測」が可能になったと考えるとしっくりくると思っている。もしかすると根っこか、より大きな幹で繋がっているかもしれないけどね。

(アース番号の桁で分岐位置や樹が管理されていたら綺麗だと思うけど多分そこまでは考えられてない)

結局「マルチバースなんでもありやん」ではあるんだけど、それが投げやりな意味でなければヨシ。

以上!